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雄琴のトルコ

入社2年目の昭和50年(1975年)早春、私は大津支局への転勤を命じられた。

京都から近いところだが、大津市へは殆ど足を踏み入れたことがない。琵琶湖と日吉大社ぐらいしか馴染みが無かったので、下宿先を探すのにも苦労したものだ。適当に覗いた不動産屋で浜大津港に近い間貸しの部屋を紹介されたので、大して迷うこともせず、小さなボストンバッグだけを持って、その部屋の住人となった。大津署と堅田署が管轄で、支局の無線カーで動き回ることになった。

ちょうど「雄琴のトルコ」が人気になっていたころで、とにかく一度は見ておこうと考えた。

大津署の防犯課(現・生活安全課)の刑事に教えられ、琵琶湖西岸の国道沿いのトルコ街へ。国道に面した入り口にあるビルの2階に「滋賀県特殊浴場協会」の看板が掲げてある。

変哲もない事務所に入ってみると、会長は不在で会長代行と事務局長と名乗る男がいた。ほかには茶のサービスをするオバサンがいただけで、来訪の客の気配もない。大した話もせずに、その日は事務所を出た。

それから数日経過したある日、その事務局長から「特ダネがあります」と電話があった。「特ダネ?」と私は内容を聞こうとしたが、事務局長は笑うだけ。(ま、たまには会ってみるか)と思い、私は出かけてみることにした。そこでの事務局長の話に、私は半信半疑ながら、内心驚かされた。

「滋賀県警の警備艇を協会で買いましたんや」

詳しく聞いてみると、古くなった大津署の警備艇を落札でして購入したという。翌日に大津署で調べた結果、間違いなく警備艇一隻が競売に出され、協会が落札していたのだ。こうした民間への払い下げは手続き的に問題ないらしい。とにかく協会へ出かけてみることにした。

「この船で湖上パトロールしますんや」

得意顔の事務局長に案内されて雄琴港に行ってみると、確かに警備艇が係留されていた。警察関係の設備・表示や船体記号は消去されていたが、黒塗りの船体や船室の様子は警備艇のままだ。「整備や検査も終わったので、来週、第1回目のパトロールに出ます。ぜひ一緒に乗ってくださいや」という誘いに、私も正直なところ乗船してみたくなった。

数日後の昼下がり、雄琴港へ行ってみると、警備艇の甲板から事務局長が手を振って私を呼んだ。

「ええ天気やし、早速行きましょか」

狭い甲板の船首部分で私と事務局長が立ちながら琵琶湖の西岸を琵琶湖大橋へ向かった。操舵室では初老の男が舵を操っている。事務局長に確認すると、男は小型船舶操縦の免許を持っているということだった。

「琵琶湖が汚ないのは、雄琴のトルコから排水が原因やと言われてる。そやから毎週、見回ることにしますんや」と、警備艇は琵琶湖大橋から瀬田川の入り口までを巡回。確かに雄琴から南は浮遊物が気になった。

当時、琵琶湖の汚染問題が問題化しており、事務局長は「ワシらも船の上からゴミを集めてますねん」と得意顔。トルコの従業員らを招集して湖面の清掃に努めているらしい。

私は、この体験を新聞ローカル面の話題記事にした。警備艇の写真付で掲載したので、会長と事務局長は大喜びだったが、読者やマスコミ他社の記者から冷ややかな批判を受けたのは言うまでもない。

また「トルコ」という呼称がトルコ共和国からの抗議を受けたため、その後「ソープランド」と呼称を変えたようだ。

(念のために加えておくが、私はトルコ嬢と接したことは無い)

事務局長はすべてのトルコ嬢の顔写真付きの身上書も見せてくれた。

「協会は全従業員の身上書を保管してます」

彼の話によると、県警の刑事もこの身上書を重宝していたらしい。そのころ元アイドルがトルコ嬢に応募していたという噂が流れたが、その真偽は割愛させていただく。

他にもトルコ街の火事騒ぎで、会長と事務局長は、出火原因の秘密情報を提供してくれた。あまり褒められない話ばかりだが、県警防犯部も私の情報を頼りにしていたことは、今にして思えば汗顔の至り…

作家 津島稜