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第七話「夢をビジネスにした男 小林一三(5)」

小林一三の運命を変えた北銀事件は、大阪日日新聞による大阪電気軌道(現近鉄)攻撃という形で始まった。

大阪・奈良間の鉄道敷設工事は生駒トンネルが最大の難所で、落盤事故で十一名もの死者を出すなど、
莫大な費用がかかっていた。それを材料に社長の岩下を叩いたのである。

だがそれはまだ序の口だった。
やがて攻撃の対象は岩下の本丸といえる北浜銀行に移り、そのずさんな経営や様々な疑惑を執拗に追及した。

これは大阪財界を巻き込むスキャンダルに発展し、ついに岩下は北浜銀行頭取辞任を余儀なくされ、その上、
取り付け騒ぎが起こって北銀の信用は地に落ちてしまった。

この余波を受けて、岩下は箕有電鉄の社長も辞任した。
これは大きな痛手だった。
北銀は箕有電鉄の最大の株主であり、頭取の岩下清周の理解と庇護のもとに会社が成立していたからだ。

北銀の新頭取に就任した高倉は、堂島の有名な相場師で、さっそく箕有電鉄に役員を送り込んできた。
資本の力を背景にしているから、これは断れない。

さらに重大な懸念があった。
もし北銀が所有する箕有電鉄株を競合会社、例えば阪神電車に売り渡せば、箕有電鉄は阪神の支配下に
入ってしまうのだ。

(できれば、北銀所有の株式を全部買い取りたい。だが、そう簡単にいくかどうか)

そこで一三は熟慮の末に、巧妙な手を打った。
もし北銀が所有する株式を売却する場合、箕有電鉄役員に優先的に売り渡すように、正式に申し入れたのだ。

それを聞いた新頭取の高倉は、内心せせら笑った。

(ふん、よほど困ってるとみえるな。泣きつくなら、素直に泣きつけばいいものを)

申し入れを簡単に承諾すれば、相手を信任したことになってしまう。それは癪(しゃく)だった。
そこで相手の言い分を逆手に取ることにした。

高倉はいったん承諾した後で、即座に北銀所有の四万数千株の一括買取を要求した。
それに応じる資金は相手方にないはずだった。相場の世界で叩き上げた駆け引きである。

だがそれは一三も予想していた。
確かに箕有電鉄にカネはなかったが、一三はこの機会に乾坤一擲の大勝負をかけるつもりで、待ち構えていたのだ。

激しい戦いが始まった。負ければ、高倉の配下に甘んじることになる。
戦う相手は新たな金主であり、問われているのは小林一三という人間の信用だった。

この勝負、勝ったのは一三だった。
日本生命、大同生命など懇意の会社に二万数千株を引受けてもらい、残りは自分が借金をして引き取ったの
である。

この結果、一三は箕有電鉄最大の株主となり、経営権を確固たるものにした。
だが一三は相変わらず専務のままで、社長には三井銀行時代の上司、平賀敏を戴いた。

平賀は温厚で包容力のある紳士で、対外的な顔としてはうってつけだった。
財界では若輩であることを自覚していた一三は、平賀の下で経営の全権をふるうことを選んだのだ。

一三には息つく暇もなく、次の戦いが待っていた。
それは阪神電車との覇権をめぐる闘争で、直接的には灘循環電軌株を巡る争いという形を取った。

神戸への乗り入れは、箕有電鉄にとって悲願だった。
このドル箱路線に参入しない限り、永遠に阪神の風下に立たねばならない。

灘循環電軌は紙の上の会社だったが、西宮・神戸間の鉄道敷設権を持っていた。
もっともこの株式は担保として北浜銀行に差し出され、その金庫の中で眠っている。

一三はいずれこれを利用するつもりで、接続する梅田・西宮間の敷設許可を取得していた。
ところが北銀事件によって岩下が頭取を追われ、にわかに先行きが不透明になった。

要するに北銀新頭取の高倉が、この株をどこに売却するかによって、関西私鉄の勢力圏が変わるという状況に
なったのである。

情勢は圧倒的に阪神有利だった。資金が豊富な上に、阪神の今西専務が新たに北銀の取締役となっていた。
資金不足の箕有電鉄は、社内でも悲観論が大勢だった。

「専務、かりに株を入手しても、工事を始めるカネがないじゃないですか」

だが一三は譲らなかった。

「カネは何とかする。ここで神戸乗り入れを実現しない限り、会社の発展はないのだ」

一三は今西相手に交渉を開始した。

まず、灘循環電軌株を阪神に譲り神戸参入から撤退する代りに、これまで計画に要した費用二万円を要求した。
今西は当然のことながら、これを拒否した。

次に、灘循環線の共同経営を提案した。これも阪神側には、応じるメリットがない。
大阪・神戸間の路線はすでに自社で所有しているからだ。

交渉の最後になって一三は、それなら灘循環電軌の株を箕有側で取得し、新路線の建設を始めるが
異存はないか、とさりげなく提案した。

それを阻止するつもりなら、相手以上の高値で株を買えばよいだけだった。
だが阪神側は、自社で新たに神戸・大阪間の路線を建設することに魅力を感じていなかった。

さらにここに至るまでの過程で、箕有には新路線建設の余力はなく、その本心はこれをネタに当社から
何らかの譲歩を引き出すことにある、と誤認してしまっていた。

今西は、つい、「諾」と言った。あくまで、一三のブラフと見たのだ。
いや、そう思わせるように持っていった、一三の交渉の巧みさといっていい。

一三は電光石火で臨時株主総会を開いて灘循環電軌買収を決議すると、梅田・西宮線と西宮・神戸線合併の
認可申請を提出した。

この知らせを聞いて慌てたのが阪神電車である。即座に反撃を開始した。
こうして数年にも及ぶ泥沼の戦いが始まった。