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第七話「夢をビジネスにした男 小林一三(2)」

かねてから身を固めるよう周囲から忠告されていた一三は、東京の親戚の紹介で見合い結婚をした。
ところが一三には、数年来交際していた十六歳の愛人がいたのである。

彼女は水商売の女性だったようだ。一三は身を固めるなら良家の子女と決めていた。
それなら結婚前に別れるべきだったが、優柔不断なことにその決心がつかなかった。

東京で祝言を上げてすぐに夜行列車で帰阪したが、不在中に愛人が来て悄然と帰っていったと
留守のお針さんから聞き、一三はたまらなくなった。

そこで友人との旅行だと新妻に偽り、愛人を誘って有馬に出かけた。
愛人は付いてはきたものの、一言も口をきかない。別れがつらい一三は、つい予定を延ばして滞在した。

帰宅してみると新妻はおらず、書き置きがあるだけだった。
夫の不在中にお針さんから真相を聞いた新妻は、東京の実家に帰ってしまったのだ。

現代に比べて男の遊びに寛容な時代だったが、それでも一三のこの行為が行内に知れると、
彼の悪評は決定的になってしまった。

新妻に逃げられ、行内でも針のむしろとなった一三は、傷心を癒すため愛人の許に通いつめ、
結局、正式に結婚することにした。これが一三の生涯の妻のコウである。

小林一三は結局、数え年の二十一歳から三十五歳まで三井銀行に勤めた。
彼は後年、強いリーダーシップと独創的な発想を持った、稀有な経営者として世に知られた。

だが大きな組織の中で、人に使われるのは苦手だったようだ。
自分を信頼し評価してくれる人の下では懸命に働くが、そうでなければヘソを曲げるところがあったのだ。

さらに岩下の独立をめぐる社内政治の問題や、若手行員時代から積もり積もった遊び人という評判も尾を
引いた。減点主義で評価されると、高い点数を取れないタイプだった。

勤務先からいうと、大阪支店、名古屋支店、それに東京の本店勤務だから、左遷されていたわけではない。
だが、なかなか支店長になれなかった。

当時はいまより人生のスパンが早い。
優秀な者は三十代で支店長となり、そこでさらに評価されて四十代で経営の中枢に参画するか、
外に出て関連会社の社長になった。

その意味では一三は、実力のわりには不遇だった。
いや、なまじ有能で使いにくいから、中途半端なポストしか与えられなかったのだろう。

一度箱崎倉庫の主任(支店長格)に内定したことがあったが、それも直前で流れて次長に降格。
その後、本店調査部の検査主任になったが、これも日陰の部署だった。

気持ちの上で一三は、三井での将来に見切りをつけ、外に出ることを考え始めた。
住友、三井物産、三越などに幹部として赴任する話があったが、すべて流れてしまう。

その間、一三を支えたのが妻のコウである。
夫婦仲は円満で子宝にも恵まれたが、コウには自分たち夫婦の将来について、ある不思議な確信があった。

それはコウが六歳の時の出来事だった。
通りかかった旅の修験者が、彼女の前で足を止め、頭を撫でながらこう言った。

「お嬢ちゃんは、百万人に一人の幸運の持ち主や。後光がさしとる。お嬢ちゃんと結婚する男は必ず出世するで」

その言葉はコウの心に深く刻まれ、一つの信念になった。
一三にすれば時にそれは重荷になったが、妻から繰り返し聞くうちに、いつか自分もそれを信じるようになった。

そんなある日大阪で証券会社を設立する話が耳に入った。
当時の日本には相場師的な株屋はあったが、外債、公債などの引受と売買を行う本格的な証券会社は
存在しなかった。

折しも、日露戦争後の好景気で株式相場が上昇していたことも追い風となり、北浜銀行頭取の岩下清周が
中心となり、証券会社設立の話が進んでいたのだ。

「どうだ、小林君。支配人をやってみないか。日本に証券新時代を拓く仕事だ。
志のある男子にとって、これほど痛快な仕事はあるまい」

「ありがたいお話ですが、私は株式や証券には素人ですが……」

「だからいいのだ。株に手を出すようなヤツには、危なっかしくて任せられん」

岩下は豪快に笑った。旧知の岩下からの話ということもあり、一三は心を決めた。
妻のコウは不安そうな様子だったが、一三が押し切った。

十四年間務めた三井銀行を退職した一三は、妻と二男一女を連れて夜行列車に乗り、梅田駅に到着した。
六年ぶりの大阪だったが、懐旧の情にひたる余裕もなかった。

到着したその日から、株式相場が急落したのである。
六百六十円あった平均株価が、一ヶ月も経たないうちに九十二円まで暴落した。

一三は蒼白になった。これが証券会社設立計画に、影響を与えないはずがなかった。
事実、岩下も事態の収拾に連日追われ、一三を顧みる暇(いとま)さえない有様だった。

(いったい、これからどうすればいいのか……)

とりあえず旅館に腰を落ち着けたものの、まだ住む家さえ決まっていない。
仕事はまったくの白紙だ。多少の蓄えはあったが、それもいつまで保つのか。

だがそんな逆境の中でも、妻が明るく振舞ってくれるのが、心の支えになった。
やがて岩下をはじめ三井時代の先輩たちが奔走して、次の仕事を見つけてくれた。

阪鶴鉄道監査役である。これが、一三の生涯の転機になった。